1983年(昭和58年)夏のキャンペーンは、レコード売上データから見れば
間違いなく「資生堂VSカネボウCMソング戦争」のピークであった
スポンサー・レコード会社・マスメディアの三者が作り出したシステムが
史上最も効力を発揮した瞬間であったともいえる
しかし、もはやCMソング等のイメージだけで差別化できる時代は終わりつつあった
CM曲のヒットやタレントの人気が必ずしも商品のヒットに結びつくわけではなくなったのだ
それなのに、ポスターやチラシなど見た目のインパクト、販売店の店員に
説明するときの分かりやすさなど、流通対策として営業部門からの要求が強く
タレントを使ったベタな広告は、止めようとしてもなかなか止められない
宣伝部員もサラリーマン、曲がヒットしていると、とりあえず社内報告がしやすい・・・
と、そんな時代背景になりつつあった、1983年の両社のCMを比較してみよう
<資生堂>
・春のキャンペーン
キャッチコピー 「う、ふ、ふ、ふ、フォギー」
タイアップ曲 う、ふ、ふ、ふ、 楽曲提供 EPO
モデル アンジェラ ハリー
・夏のキャンペーン
キャッチコピー 「め組のひと」
タイアップ曲 め組のひと 楽曲提供 ラッツ&スター
モデル トリー・メンドーザ
・秋のキャンペーン
キャッチコピー 「公私ご多忙用」
タイアップ曲 恋は、ご多忙申し上げます
楽曲提携 原由子(サザンオールスターズ)
モデル アンジェラ・ハリー
・冬のキャンペーン
キャッチコピー 「Ms・ニッポン」
モデル 倍賞美津子
春のキャンペーン 「う、ふ、ふ、ふ、フォギー」
タイアップ曲 う、ふ、ふ、ふ、フォギー アーティスト EPO
1983年春の資生堂は、以前「My Music Travel」でも取り上げた
EPOさんの「う、ふ、ふ、ふ、」を起用した
1980年に人気を博したテレビ番組「オレたちひょうきん族」のEDテーマに起用された
シュガーベイブのカバー曲「DOWN TOWN」、1982年リリースの
「土曜の夜はパラダイス」がスマッシュヒットしてたEPOさんに白羽の矢を立てたのだ
同曲はポップソングとして完成度が高く、資生堂キャンペーン期間の終了後も
たびたび別の商品のCMソングとして採用され、EPOを代表する一曲となった
如何にも春らしいウキウキしたメロディーや歌詞は強烈に春の訪れを感じさせる
個人的にも大好きな曲の一つですね!
夏のキャンペーン 「め組のひと」
タイアップ曲 め組のひと アーティスト ラッツ&スター
資生堂春CM曲は1983年4月1日にリリースされた
シャネルズ改めラッツ&スターの「め組のひと」を起用
江戸の町火消し「め」組をもじっての鯔背な広告モデルには
前年夏に続いてトリー・メンドーサが起用された
結果、オリコンチャート1位、TBSザ・ベストテン1位、売上80万枚と
改名したラッツ&スターとしての初めてのシングルを記念する大ヒットとなった
サビ?を歌いながら目の横でVサインをする振り付けも
皆んながマネをしていたものである
シャネルズは名前をラッツ&スターに変えて、顔の黒い墨を落とし
新たなイメージへの脱皮を図ろうとしていた
しかしデビューからシャネルズのファンだった僕は
当時少し残念な気がした事を覚えている
シャネルズの代名詞だった「ドゥーワップ」のイメージが薄らぎ
歌謡曲になったような気がしたからだ
秋のキャンペーン 「公私ご多忙用」
タイアップ曲 恋は、ご多忙申し上げます
アーティスト 原由子(サザンオールスターズ)
我が国におけるモンスターバンド「サザンオールスターズ」の紅一点であり
桑田佳祐さんの奥様でもある「原由子」さんのソロ楽曲「恋は、ご多忙申し上げます」
CMの中では「song by 原由子」と個人名でクレジットされているが
曲名はクレジットされなかった
出演モデルが仕事のオンとオフを素早く切り替える演技とともに
テロップで「公私ご多忙用」と表示され「公私ともにお忙しいあなたに」と
いうナレーションが添えられ本作のイメージを反映させている
冬のキャンペーン 「Ms・ニッポン」
アントニオ猪木さんの元奥さんである女優の倍賞美津子さんが起用された
1983年の資生堂の冬のキャンペーンのCM
倍賞美津子さんは日本を代表する女優の一人であるとは思うが
個人的には当時からそこまで興味もなかったのでCMもまったく覚えてない 笑!
<カネボウ>
・春のキャンペーン
キャッチコピー「夢恋人、アバ」
タイアップ曲 夢・恋・人
楽曲提携 藤村美樹 モデル 広田恵子
・夏のキャンペーン
キャッチコピー 「君に、胸キュン」
タイアップ曲 君に、胸キュン
楽曲提供 YMO モデル 相田寿美緒
・秋のキャンペーン
キャッチコピー 「パウダーチェンジ ピタッ!」
タイアップ曲 おまえに、ピタッ!
楽曲提携 横浜銀蝿 モデル 夏目雅子
・冬のキャンペーン
キャッチコピー 「素肌チェック祭り」
モデル 松原千明、古手川祐子
春のキャンペーン 「夢恋人、アバ」
タイアップ曲 夢・恋・人 アーティスト 藤村美樹
いや~ この記事を書き始めて、ここに辿り着いて「夢恋人・・・?知らんな~・・・」って
思っていたが楽曲提供者のクレジットを見て驚いた
「藤村美樹・・・ ん? 藤村美樹ってまさか、あの・・・?」
で、調べてみたら「あの」元キャンディーズのミキちゃんじゃないか!
いや~ 知らなかったな~ 笑!
キャンディーズのランちゃんや、スーちゃんが普通の女の子に戻らず(笑)
女優になったのは知ってたしキャンディーズ解散後に
短期間だけミキちゃんがソロ活動してたって事は知ってた
しかし実際に映像はおろか、曲も1曲も知りませんでしたからね~
で、YouTubeで曲を聴いてみたがキャンディーズのイメージは微塵もなく大人の曲ですな~
楽曲はYMOが関連してるって事だが、この曲って歌謡演歌なのか?
夏のキャンペーン 「君に、胸キュン」
タイアップ曲 君に、胸キュン アーティスト YMO
資生堂より1週早い3月25日に発売のカネボウCMソングは、YMO「君に、胸キュン」
こちらの曲もオリコンチャート2位、TBSザ・ベストテン3位、YMO最大のシングルヒットとなった
こちらの曲もオリコンチャート2位、TBSザ・ベストテン3位、YMO最大のシングルヒットとなった
何より、いまだに使われる「胸キュン」という言葉が、この曲から生まれたのは
まぎれもない事実であり、その意味では後世に残した影響も大きかった
過去にも資生堂・カネボウのCM曲がチャート内で争う事はあったが
1983年夏のキャンペーンは本当に両社の曲がチャートの首位を争うような状況だった
また、それぞれの曲が、それぞれのバンドにとって
共に次なるステージにさしかかるキッカケにもなっていた
シャネルズはラッツ&スターに改名してポップス路線に移って行ったが
YMOもデビュー時の人民服を脱ぎ捨て、西武セゾンを信奉するような
ネオ・ミーハー層を相手に、浮かれたダンスを披露するようになっていたのだ
秋のキャンペーン 「パウダーチェンジ ピタッ!」
タイアップ曲 おまえに、ピタッ! アーティスト 横浜銀蝿
意外に思われるかも知れませんが(笑)僕はこの曲は知らない
横浜銀蝿がデビューを飾った1980年は僕が高校を退学になって
族の道を邁進してた頃だから銀蠅もよく聴いてはいましたが
1983年と言えば僕も二十歳ですから銀蠅は卒業してましたからね~
僕のイメージでは銀蠅の最盛期はデビューから1982年頃までだと思う
カネボウが横浜銀蝿を起用した事に付いてはチャレンジだったと思うが
個人的には旬を過ぎて・・・って感は否めない
銀蠅のシングルカットされた曲は「モロ」って感じの物が多いですが
アルバムには結構いい曲もいっぱいあったんですけどね
冬のキャンペーン 「素肌チェック祭り」
松原千明さんと、古手川祐子さん・・・
コント? 笑!
当時の化粧品会社のCM戦略であるポスターやチラシなどは
見た目のインパクトや販売店の店員に説明する時の分かりやすさの
流通対策として営業部門からの要求が強かった
タレントを使ったベタな広告は止めようとしてもなかなか止められない
宣伝部員もサラリーマン、曲がヒットしていると、とりあえず社内報告がしやすかった
さらに資生堂とカネボウが一騎打ちしてる間に着々と第3勢力である「花王」が
さらに資生堂とカネボウが一騎打ちしてる間に着々と第3勢力である「花王」が
イメージ戦略にとらわれない機能性や効果に重点を置いたプロモーションを始めていた
石鹸やトイレ用品を柱に成長してきた花王は、ビオレ洗顔フォームをとっかかりに
石鹸やトイレ用品を柱に成長してきた花王は、ビオレ洗顔フォームをとっかかりに
前年1982年に皮膚生理に根ざした基礎化粧品ブランドのソフィーナを市場に投入する
そして1994年にメイクアップ用品のAUBEでコスメ市場で一気にシェアを拡大する
この時点でカネボウは、まさか21世紀になって栄光の化粧品部門が花王に買収され
この時点でカネボウは、まさか21世紀になって栄光の化粧品部門が花王に買収され
子会社にされてしまうなどとは夢にも思わなかったであろう 笑!
ジャンジャン!!