17歳だった1980年(昭和55年)に建てられ
結婚して家を出た1988年(昭和63年)までの8年間を過ごした
離れのプレハブ部屋が、ついに撤去された
当然の事だが、ここに何もないこんな景色を見るのは生まれて初めての事だ
この崖の上の敷地に、我が家本宅、叔父宅、プレハブ、祖父母の家があったのだが
こうして更地になった景色を見ると思ったより狭い事に驚く
まあ、法面倒壊と共に我が家本宅の土地部分も倒壊したせいもあるでしょうけどね
我が家から見えていた呉海軍広工廠があった黄幡山や
昭和の時代に海水浴場として賑わっていた三角浜
ここから見える景色は何も変わってないのだが・・・
嘗ては祖父母宅で生活用水として使われていた井戸
割烹着を着た祖母が水汲みをしていた姿をよく覚えている
遠くに見える景色は変わらないが崖下を望む景色は異次元だ
工事に使われるハシゴがかかっていたので歩道に下りてみた
東パル(現、王子製紙)の工場の煙突から出る煙は子供の頃から変わらない
今年の盆は墓参りも出来ない状態だったので先祖に手を合わせた
子供の頃から、この坂道の歩道を何千回昇り降りしただろうか
ガレキの中に美容学校時代に使ったと思われるウィッグと
カットコンテストで優勝した時のトロフィーの残骸を見つけた
う~ん、何だかな~・・・
PRAINS美容室