さて、プレインズがお届けする「昭和と呉」シリーズですが
今回は呉市民なら誰でも知ってる呉シネマ劇場をお届けします
現代のように多種多様な娯楽がなかった昭和の時代を呉で過ごした方で
呉シネマに行った事がないって方はいないんじゃなかろうか?
そんな呉シネマ劇場が閉館したのは今から遡る事
7年前の2011年(平成23年)の事だった
正確な資料がないんですが呉シネマ劇場が出来たのは
おそらく1963年(昭和38年)頃じゃないかと思われます
こちらの写真は呉市電が廃線になった1967年(昭和42年)の
最終運行日の呉シネマ劇場前を走る花電車です
呉シネマ劇場側面にDaieiの看板が掲げられていますが
もともと、この劇場は1階が大映で、2階が呉シネマだったんです
こちらは現在の本通り5丁目から撮られた呉市電電車と呉シネマ劇場
前に記事にしましたが昭和の時代には呉シネマ劇場屋上には
ナショナルの電光看板が備え付けられていました
こちらはイメージ写真ですが、1階の大映が1971年(昭和46年)に
倒産して、その後に日活ロマンポルノが入ったんですよね
現代において映画館は複合施設に入っているケースも多く看板と言えば
デジタルプリントを駆使したポスターなどが主流ですが昭和のあの時代は
映画看板絵師と言われた職人が全て手描きで描いてたんですよね
街のど真ん中の映画館に、こんなエロい手描きの大型看板が堂々と掲げられていた
1976年(昭和51年)に中学生になった僕は当時封切られる洋画を
全て呉シネマで観ましたが、日活ロマンポルノの看板が気になって気になって・・・笑!
そう言えば呉市役所前の大矢整形外科の横辺りの路上で当時
映画看板絵師が看板を描いてたのを見た記憶がありますね~
昭和の時代、洋画が上映されてる呉シネマは正面入り口から入ると
カウンターがあって切符売りのおばちゃんからチケットを買って
左側にある階段から2階に上がるというシステムだった
日活ロマンポルノが上映されてる1階の劇場は右に行くんですが
そちらに行くようになったのは高校に入学した1979年(昭和54年)でした 笑!
学校をサボって友人や女子と制服で堂々と入ってた
それでも切符売りのおばちゃんに咎められる事なんてなかった
大らかな時代だったという事ですよね
日活ロマンポルノの劇場はタバコの臭いと
なぜか腐ったような酸っぱい臭いが充満してた
トイレもいつも「使用中」になっていた 爆!
呉シネマの椅子は現代のように座り心地が良い物ではありませんでしたが
当時は映画も二本立て、三本立てが当たり前の時代で
土曜の夜はオールナイトもあって映画鑑賞は長時間に及んだ
今では珍しい2階席を有する呉シネマは遮るものは何も無く
2階席でもスクリーンを正面に捉える事が出来きた
1階最前列もスクリーンとの間に昔の映画館特有の広い無駄なスペースがあり
一番前に座ったとしても見上げる事無く観賞出来た
そしていつの頃だったか日活ロマンポルノはなくなり
シネマ1、シネマ2、というスタイルになったんですよね
てか、5月12日に公開される昭和63年の呉が舞台になった「孤狼の血」も
呉シネマで観たら更に雰囲気が良かっただろうな~
ジャンジャン!!