大日本帝国呉海軍の事を知る上で貴重な資料にもなる図書
「ポツダム少尉 ~68年ぶりのご挨拶~ 呉の奇蹟」
戦前・戦中の時代に東洋一の軍港として、大日本帝国海軍の町として栄えた我が町「呉」
当時の呉市は人口40万人以上を誇る日本でも指折りの軍事都市だった
当時の日本の技術が集結された呉海軍には日本全国から沢山の人材が集められた
僕も個人的に郷土史に興味があるという事で素人レベルではあるが多少の文献にも目を通したし
自分自身の知識を深める意味もあり呉にまつわる軍事関連の記事を書いたりもした
更には大日本帝国呉海軍に従事してた祖父の軍事履歴を知りたいと思い
書類を揃え厚生労働省に祖父の軍事履歴書を申請もした
奇しくも昨年から映画「この世界の片隅に」が大ヒットし戦中の呉の人々の
生活が描かれ祖父・祖母を始め母や伯父、伯母たちの当時の生活を
垣間見たような気持になり感慨深い気持ちにもなった
つい先日の事、2014年8月3日に投降した「祖父からの手紙」と題した古い記事に
komkome11さんと言われるペンネームの方からコメントをいただいた
何度かコメントのやり取りをしたのだが、ざっくり言うと茨木県在住の komkome11さんの
お父様が当時、呉海軍工廠にお勤めになっておられ、お父様の足跡を
調べ勧めて行くうちに自費出版で本まで制作されたという事だった
その本が冒頭の写真
ポツダム少尉 ~68年ぶりのご挨拶~ 呉の奇蹟
という、初版2013年の非売品の本だった
komkome11さんは、今でも調査を継続されているようで
その過程でプレインズのブログの当記事に行きついたようだ
「呉図書館に寄贈しているので、是非一読して頂きたい」
と言われた僕は、これも何かの縁だと思い呉図書館に行って本を借りて読み始めた
そんな矢先に店に宅配便が届き、何と「ポツダム少尉」の本が入っていた
本にはご丁寧な手紙が添えられていて、祖父の仏前にお供えし
親族の皆様にもご一読いただきたいと思い贈呈しますと書かれていた
komkome11さんが言われるには今まで調べたお父様の調査結果と
僕がブログにアップした祖父の軍事履歴を照らし合わせると
二人は当時どこかで対面してる可能性が高いという事だった
更には komkome11さん所有の藤沢健吾氏の自費出版図書「重責を果たして」と言う本に
僕の祖父らしき名前と写真が掲載されているとの情報もいただいた
その本も呉図書館に寄贈されているという事で借りてみた
komkome11さんがおっしゃるには僕の祖父は、あの悲惨な兵器だった
人間魚雷「回天」の関連の部品製造に従事してた可能性が高いという事だ
生前祖父は、まだ幼かった僕たち孫に戦中の事を語ろうとはしなかった
戦死した伯父や、戦後連合国軍の英兵に嫁いだ叔母の事を
思い出したくなかった事もあったろうが komkome11さんがおっしゃる事が事実なら
自分が若い命を散らす兵器の制作に関わっていた苦しい胸の内を
口にしたくなかったのかもとも思う
そう考えると祖父が背負って生きた「業」に胸が掻きむしられる思いがする
「重責を果たして」には確かに祖父の苗字である
「小川」という名と集合写真が掲載されていた
しかし記載には「小川工長」と記されており名前が入っていないし
写真に関しては白黒の劣化した古写真故に判別が付きにくい
komkome11さんが、おっしゃるには「小川」という姓の工長クラスの人は
一人しかいなかったようで、ほぼ間違いないであろうという事だった
今回の一件で僕が思ったのは祖父の軍事履歴というより
こうして先祖の軍事履歴を調べている方が日本中に沢山おられるんだという事だった
呉海軍に所属されていた方が回顧録として自費制作してる本ならわかるが
その子孫の方が自力で資料を集め、全国に出向き人に会い
自費出版されてる熱意と情熱に脱帽する思いだ
「いつか呉を訪れる機会があれば、是非ご一報ください」
と、僕は直接お礼の電話をして締めくくった
こういった出会いも人の縁だから大事にしたいと思いますね
僕の記事の内容からまた新しい情報を知る事が出来たともおっしゃってた
僕が書く拙いブログも時には役に立つ事もある
頑張って続けないとね! 笑! ジャンジャン!!