さてシリーズMy Music Travelですが、6回にわたり「日本で売れた異国人歌手」を
お送りしましたが今回から通常のシリーズに戻します
と、いう事で節目の50回となる今回は1980年(昭和55年)にデビューしたロックバンド
「ハウンド・ドック」をお届けしたいと思います
ハウンド・ドックのメインボーカルである大友康平さんは1956年(昭和31年)生まれの61歳
宮城県出身の大友さんは東北学院大学在籍中の1976年(昭和51年)にハウンド・ドックを結成
バンド名のハウンド・ドックは大友さんが敬愛するエルヴィス・プレスリーの
ヒット曲のタイトルから命名されたそうだ
そして1980年(昭和55年)ハウンド・ドックはレコードデビューを飾る
嵐の金曜日 / ハウンド・ドック 1980
作詞・作曲 八島順一
ワイングラスのシェリーを飲みほせば グラスの中にお前のラブリーアイズ
あかりを消して 二人抱きあえば いってしまうよ 嵐の中に
あかりを消して 二人抱きあえば いってしまうよ 嵐の中に
It's so friday friday night もうもどれない
It's so friday friday night もうもどれない
やさしすぎるわと言われただけで Say good-bye, Oh baby
Ah heart break Love Me Kiss Me it's a Friday Night
Ah heart break Love Me Kiss Me it's a Friday Night
やさしすぎるわと言われただけで Say good-bye, Oh baby
Ah heart break Love Me Kiss Me it's a Friday Night
Ah heart break Love Me Kiss Me it's a Friday Night
お前はSweet Little Angel 燃えるくちびる お前はPretty Girl
嵐がやんだら 帰ろうDowntown 夜明けのHighway 飛ばすぜ61
嵐がやんだら 帰ろうDowntown 夜明けのHighway 飛ばすぜ61
It's so Friday Friday Night もうもどれない
It's so Friday Friday Night もうもどれない
ラララララ…
やさしすぎるわと言われただけで Say good-bye, Oh baby Ah heart break
やさしすぎるわと言われただけで Say good-bye, Oh baby Ah heart break
実はハウンドドックはレコードデビュー前に武道館で初ステージに立っています
1979年(昭和54年)12月、内田裕也氏の「Rock'n Roll BAKA」という
コンサートにデビュー前のハウンド・ドックが出演しました
まだこの時点で無名だったハウンド・ドックの事を知ってる人は極少数でしたが
大友さんのパワフルな歌声に観客は魅せられ武道館は熱狂の渦に巻き込まれました
そして翌年1980年(昭和55年)3月にリリースされたのが
ハウンド・ドックのデビューシングル「嵐の金曜日」だったのです
当時僕は高校を退学処分になった直後頃でしたが
ハウンド・ドックデビューの直前にデビューしてた「シャネルズ」には惹かれたけど
正直言ってハウンド・ドックはちょっとビミョーだと思ったんですよね
確かに「嵐の金曜日」はいい曲だとは思ったんですが
当時、ギンギンにイキがってた僕はバンドメンバーがリーゼントじゃないハウンド・ドックは
「世良公則&ツイスト」や「甲斐バンド」のような歌謡ロックというイメージがした
それに加え同年9月には暴走族に絶大な人気を誇る事になる「横浜銀蝿」が
デビューしたとあって惹かれるという事もなかった
まあ個人的な価値観がそうだったという事ですよ 笑!
浮気なパレットキャット / ハウンド・ドック 1982
作詞・作曲 相澤行夫・木原敏雄(NOBODY)
街を歩けば噂に染まる ちょっと気取れば それも絵になる
YES あの娘はフワフワ仔猫 俺ら首ったけ ヤキモキ FALL IN LOVE
YES あの娘はフワフワ仔猫 俺ら首ったけ ヤキモキ FALL IN LOVE
俺ら待ち伏せ 気分はハウンド・ドッグ だけどあの娘はすましてラナウェイ
YES ちょっとやそっとや NOBODY 口説けやしないぜ NO NO BOY
気が気じゃない NIGHT AND DAY
YES ちょっとやそっとや NOBODY 口説けやしないぜ NO NO BOY
気が気じゃない NIGHT AND DAY
浮気なあの娘はパレットキャット キリキリ舞いさ
気分次第で おっと俺らを KNOCK ME DOWN
気分次第で おっと俺らを KNOCK ME DOWN
パッ パッ パッ パレットキャット とびきりキュート 気まぐれ仔猫
あの娘は浮気なパレットキャット
あの娘は浮気なパレットキャット
あの娘はほほえむ 俺らは FEEL SO NICE 心ウキウキはずんでパラダイス
YES 春風ゆられてランデブー BUT その気にさせといてバイバイボーイ
そりゃないよ YOU'RE MY LOVE
YES 春風ゆられてランデブー BUT その気にさせといてバイバイボーイ
そりゃないよ YOU'RE MY LOVE
浮気なあの娘はパレットキャット メロメロなのさ
きわどいとこで ちょっと俺らを MAKE ME BLUE
きわどいとこで ちょっと俺らを MAKE ME BLUE
パッ パッ パッ パレットキャット とびきりキュート 気まぐれ仔猫
あの娘は浮気なパレットキャット
あの娘は浮気なパレットキャット
浮気なあの娘はパレットキャット キリキリ舞いさ
気分次第で おっと俺らを KNOCK ME DOWN
気分次第で おっと俺らを KNOCK ME DOWN
パッ パッ パッ パレットキャット とびきりキュート 気まぐれ仔猫
あの娘は浮気なパレットキャット
あの娘は浮気なパレットキャット
UH パレットキャット UH パレットキャット
「嵐の金曜日」以降、すっかりハウンドドックの事を忘れていた僕は
1982年(昭和57年)になってブラウン管から流れてきたロックンロールに魅せられた
カネボウ1982年春のキャンペーンCMソングに抜擢されたハウンド・ドックの
5枚目のシングル「浮気なパレットキャット」はご機嫌なロックンロールだった
急いでレコード店にレコードを買いに行った僕は作詞・作曲が
NOBODYの相澤さんと、木原さんだと知って驚いた
彼らは「神」矢沢永吉さんに作詞提供もしてましたからね~
1982年は僕もミヤニシに就職した年で「ラッツ&スター」と改名したシャネルズは
継続して聴いてましたが、そろそろ横浜銀蝿は卒業した頃だった 笑!
「浮気なパレットキャット」はそんな状況だった僕の琴線に触れた
いや~ 今聴いてもいい曲だと思いますよ
前年にデビューしてた「ブラックキャッツ」の曲を彷彿させる感じがしましたね~
涙のBirthday / ハウンド・ドック 1982
作詞・作曲 八島順一
まだ終りじゃない 涙でかわした口づけ あの店の階段で
もう死ぬわ なんて泣き笑い 濡れた口びる噛みしめた
もう死ぬわ なんて泣き笑い 濡れた口びる噛みしめた
何度も別れては 寄り添った二人
あいつ20才のバースディ 最後の夜さ
涙のバースディ キャンドルが消える時 あいつは
涙のバースディ 声にならないサヨナラを告げた
涙のバースディ 声にならないサヨナラを告げた
傷つけ合うのは もう今日で終り あの日の約束は色あせて
これから俺たち 大人の友達なんて 二度とあえないのに
これから俺たち 大人の友達なんて 二度とあえないのに
何度も別れては 寄り添った二人
あいつの20才のバースディ 最後の夜さ
涙のバースディ キャンドルが 消える時 あいつは
涙のバースディ 声にならないサヨナラ告げた
涙のバースディ 声にならないサヨナラ告げた
涙のバースディキャンドルが 消える時 あいつは
涙のバースディ声にならないサヨナラ告げた
「浮気なパレットキャット」がリリースされた同年の1982年(昭和57年)9月に
リリースされたハウンド・ドックの6枚目のシングル「涙のBirthday 」
「涙のBirthday」は大ヒットとはならなかったのですが個人的には
「嵐の金曜日」と並ぶハウンド・ドッグ初期の傑作バラードだと思います
「涙のBirthday 」がリリースされた頃僕はまだ19歳でしたが
当時僕は一つ年上の20歳の彼女と付き合ってたので
まるで自分のために作られたような曲だと勝手に思ってた 笑!
当時僕のカラオケの十八番になってよく歌ったものだ
今でも歌詞を見ずにソラで歌える
そう言う意味でも「涙のBirthday 」は個人的には
ハウンド・ドックの楽曲の中でも特に思い入れのある曲だ
ff(フォルテシモ) / ハウンドドック 1985
作詞・松尾由紀夫 作曲・蓑輪単志
おまえの涙も 俺を止められない いまさら失う ものなど何も無い
言葉にならない 胸の熱いたぎり 拳を固めろ 叩きのめされても
言葉にならない 胸の熱いたぎり 拳を固めろ 叩きのめされても
激しくたかぶる 夢を眠らせるな あふれる思いを あきらめはしない
愛がすべてさ いまこそ誓うよ 愛をこめて 強く強く
遠くに離れて いてもわかりあえる わずかなぬくもり わかちあったように
おまえの涙を ふりかえりはしない すべての祈りが かなえられるまで
おまえの涙を ふりかえりはしない すべての祈りが かなえられるまで
愛がすべてさ いまこそ誓うよ 愛のかぎり 強く強く
愛がすべてさ いまこそ誓うよ 愛をこめて 強く強く
愛がすべてさ いまこそ誓うよ 愛をこめて 強く強く
デビュー以来スマッシュヒットこそありましたがハウンドドックが
80年代を代表するバンドと認知されたのが1985年(昭和60年)に
リリースされた10枚目のシングル「ff(フォルテシモ)」の大ヒットだと思う
この曲は日進のカップヌードル「ハングリアン民族」のCMソングとして起用された
しかし逆に僕はこの曲のヒットでなぜかハウンドドックに興味がなくなった
前年に大ヒットしたアン・ルイスさんの「六本木心中」も似たようなニュアンスを感じたのだが
どうも歌謡曲のニュアンスが強くなり売れる「流行歌」に走ったように感じたのだ
まあ僕が勝手にそう感じただけなのかも知れないしバブル時代に合わせた
新しいサウンドが支持され始めたという事だったのかも知れない
世間的な大ヒットとは逆に、僕の中では興醒めした事を今でもよく覚えている
この後ハウンドドックは1988年に「ONLY LOVE」が大ヒットするなど
「TUBE」や「アルフィー」「安全地帯」などと共に
80年代を代表するバンドという地位を確立した
が、ハウンドドックはデビュー以来「内紛」が絶えないバンドとしても有名で
メンバーを解雇したり、裁判沙汰になったりとトラブルが絶えない
大友さんは昨今タレントとしてバラエティー番組でよく見かけるが
現在ハウンドドックの正式メンバーは大友さん一人という事らしい 笑!
これでいいのか? ハウンドドック! 笑! ジャンジャン!!