3月12日土曜日 天気 晴れ
桜の蕾も膨らみ始めた今日この頃ですが
昨日、愛娘の万凛ちゃんは中学校を卒業しました
贈る言葉/海援隊 1979 作詞・武田鉄矢 作曲・千葉和臣 編曲・惣領 泰則
暮れなずむ町の 光と影の中 去りゆくあなたへ 贈る言葉
悲しみこらえて 微笑むよりも 涙かれるまで 泣くほうがいい
悲しみこらえて 微笑むよりも 涙かれるまで 泣くほうがいい
人は悲しみが 多いほど 人には優しく できるのだから
さよならだけでは さびしすぎるから 愛するあなたへ 贈る言葉
さよならだけでは さびしすぎるから 愛するあなたへ 贈る言葉
夕暮れの風に 途切れたけれど 終わりまで聞いて 贈る言葉
信じられぬと 嘆くよりも 人を信じて 傷つくほうがいい
信じられぬと 嘆くよりも 人を信じて 傷つくほうがいい
求めないで 優しさなんか 臆病者の 言いわけだから
はじめて愛した あなたのために 飾りもつけずに 贈る言葉
はじめて愛した あなたのために 飾りもつけずに 贈る言葉
これから始まる 暮らしの中で 誰かがあなたを 愛するでしょう
だけど私ほど あなたのことを 深く愛した ヤツはいない
だけど私ほど あなたのことを 深く愛した ヤツはいない
遠ざかる影が 人混みに消えた もう届かない 贈る言葉
もう届かない 贈る言葉
第67回 呉市立和庄中学校卒業式
在り来たりの言葉だが・・・
つい先日中学校に入学したと思ったら あっという間に3年間は過ぎ万凛ちゃんは卒業式を迎えた
中学校の入学式は2013年4月9日の事だった
入学式では在校生からの祝辞を受け、彼女は新入生を代表してお礼の言葉を述べた
小学校を卒業したばかりの幼さが残る彼女は中学校入学当時は母親より小さかった
その彼女も3年間の間にすくすく成長し今では母親の身長を追い越した
始めて中学の制服に袖を通した彼女を見た時僕は父親として感無量だった
その感情は長男や次男が詰襟に袖を通した時とは少し違った物だった
それは娘という異性だからかもしれないし、長男、次男とは歳が離れた子供だからかもしれない
今年の誕生日を迎えると53歳になる僕の中学の卒業式は37年前の1979年3月の事だった
今でもよく覚えているが僕は自分の中学の卒業式では何の感情も湧かなかった
親や先生、地域の人に感謝の気持ちもなけりゃ寂しいとか悲しいと思う気持ちも微塵もなかった
リーゼントを整え、中ランを着てヨコスカを履き靴は先の尖ったブーツでキメていた僕
卒業式が行われていた長浜中学校の体育館の外には当時遊んでもらってた
他校出身の2つ上の先輩達が僕や仲間の卒業式が終わるのを待っていた
卒業祝いに呉のディスコ「よしまつ」に連れて行ってくれる事になっていた
そんなロクでもない悪ガキだった僕が親になり37年経った娘の卒業式で不覚にも涙を流した
鬼の目にも涙である 笑!
現在思春期真っ只中の彼女は父親の僕に対して素っ気ない態度を取る時がある
時には腹が立つ事もあるが僕は見て見ぬふりをしている
そんな彼女が卒業式で号泣していた
その姿に僕は心を打たれ3年間が充実した時間だった事を改めて思い知らされた
僕は彼女の入学式の記事でこんな言葉を彼女に贈っている
万凛へ
万凛、中学校入学おめでとう!
今日の朝、初めて制服を着て登校する君を見た時、昨日より少し大人になったような気がしたよ
正直少し複雑な思いもあったけど今はここまで成長した君を本当に嬉しく思っています
対面式での君の挨拶、とっても立派だったと思うよ、よく頑張ったね
あんな立派な挨拶が出来るなんて お父さんの知らない間に君も成長していたんだね
さて、これから君の3年間の中学校生活が始まるわけだけど小学校の卒業式の時お父さんが言ったように
3年後の卒業式にいっぱい涙が出るような3年間を送ってほしいと思ってるよ
もしかしたらその涙も嬉しい事や楽しかった事への涙だけじゃないかもしれないけど
それでもいいと思うんだよね
人生って楽しい事や嬉しい事ばかりじゃないからね、悲しい事や苦しい事もあるのが人生なのよ
時には傷つく事もあると思う、それらを経験して乗り越えていくのが人生だからね
でも一人で乗り越えれそうもない時は家族や先生、友達に相談してくださいね
少なくともお父さんはどんな事があっても万凛の味方だからね
「怠慢」だけはいけないよ、勉強も部活も遊びも思いっきりやる事に意味があるんだからね
たくさん友達作って たくさんの思い出を作ってくださいね、応援してるからね!
金髪のお父さんより
卒業式が終わり教室に帰って最後の学活で3年3組の全員が言葉を述べた
親や先生、クラスメイトに感謝の言葉を述べたり中学時代の思い出を語ったり
これからの高校生活に向けてエールを送ったり・・・
「3年生になって、このクラスになった時私は登校拒否したい気持ちになりました
でも時間が経つうちに皆とも打ち解けて絆が出来た
本当にこのクラスで良かったと今は思っています・・・」
「えっ、登校拒否? なんで?」
その事実を知らなかった僕は大明神様に訪ねた
「2年生まで仲が良かった友達と誰一人同じクラスにならんかったんよ・・・」
大人の僕からすれば それは仕方ない事で彼女の我がままとしか言いようがない
これから高校生になっても、社会に出ても周りは気の合う仲間ばかりとは限らない
その与えられた環境に順応していく事も人間として大事な事なのだ
「案ずるより産むが易し」「下手な考え休むに似たり」という言葉もある
変な先入観を持たずに接してみれば気が合う仲間になる事もある
そう言った観点で言うと彼女は中学生活で
今後の人生における大事な経験をしたのではなかろうか・・・
と、まあ色々あった3年間だったと思うが最後の最後に自分が経験し学んだ事を素直に言え
「このクラスで良かった」と気付いた事が彼女の成長だったと思います
彼女にとってこの3年3組、いや同級生全員が幼馴染ですからね
僕は中学2年生の頃からちょっと道を踏み外し
小学校時代からの幼馴染と距離を置いた時代があった
長浜という田舎で僕は不良というレッテルを張られ腫物のように扱われた
まあそれは自業自得だが今では幼馴染たちと毎年同窓会もするし
夏には故郷の海で皆でバーベキューもする
もちろん高校生以後の友達で仲の良い奴もいっぱいいるけど
やはり幼馴染というのは それらとは違う独特の感情がある
竹馬の友って本当に良いもんだと思いますよ
万凛へ
先ずは何はともあれ中学校卒業おめでとう!
お父さんが知らない事もいっぱいあった3年間だったと思うけど卒業式での君の涙を見た時
君の中学での3年間がとっても充実してた事に確信を持ちましたよ
君が中学に入学した時贈ったお父さんの言葉
「3年後の卒業式にいっぱい涙が出るような3年間を送ってほしいと思ってるよ・・・」
本当にその通りになったね
中学の3年間を共にした仲間は一生の友達になるから大事にしてくださいね
今度皆で会えるのは5年後の成人式の時だね
まだ今日の段階では君がどこの高校に行くのかはわからないけど
どこの高校に行ってもまた新しい出会いがある事は確かです
中学3年生になって君が学んだように他人に変な先入観を持たず
出会いという縁を大切にしてください
そしてまた一つづつ、しっかり大人への階段を上って行って下さい
いつもお父さんは君の事を見守っているからね
銀髪のお父さんより
と、言う事で僕にとっても我が子の中学生活はこれで全て終了しました
実は昨日は某中学で教師をやってるウチの次男にとっても初めての送る側での卒業式だった
これから教師という道を歩んでいく次男は幾度となく卒業式を経験するだろう
教師にとって生徒は毎年入れ替わる物だが生徒にとって中学の先生というのは
長い人生の中の3年間で縁があった限られた人だけです
縁があった生徒の一生の思い出の先生になれるように しっかり生徒と向き合い
いつか自分の教え子と酒でも酌み交わせる先生になって欲しいと思います
と、言う事で今日はこれまで! また来週! ジャンジャン!!