早い物で2015年も今日から12月という事でひと月するとお正月がやってくる
今年の秋の呉はいつまでも暖かい日が続いていたが先週の水曜日辺りから
急に寒くなっていよいよ冬に突入したという感じになってきた
と、いう事なんですが今年の夏の終わり頃、我が家に大きな荷物が届いた
荷物は長男宛てだったが段ボールを開けると中にはストーブが・・・
「おいおい今時期にストーブか!ちょっと気が早いんじゃないんか?」
「いやいや季節物はシーズンに入ると値段が上がるけん買うならシーズンオフがええんよ!」
数年前から長男がヴィンテージストーブを欲しがっていた事は僕も知っていた
あれこれ相談されたりもしたが生憎さすがの僕もストーブについての知識なんてない 笑!
アラジン、パーフェクション、ニッセン等のヴィンテージストーブの候補を挙げて
値段と程度を見極めながらショップやオークションをチェックしていたようだが
ようやくお目に適うストーブが見つかったようだ
そのストーブが写真のイギリス製のパーラーというストーブだった
僕が子供だった昭和の40年代には余程経済的に恵まれた家ならいざ知らず
普通の家庭にエアコンなんて物はなかった
夏は扇風機、冬はストーブとコタツってのが当たり前の時代だった
余所の家はどうか知らないが、山下家ではストーブと言えば石油ストーブであり
現代のようなガスストーブなんて見た事もなかった 笑!
温暖化された現代と違って当時の冬は超寒かった
比較的温暖な呉でも冬になれば雪が積もる日もあれば冬の朝は
水溜りには氷が張り、家の軒下には氷柱(つらら)を見る事も珍しい事ではなかった
余談ではあるが僕がバイクに乗り始めたのは昭和54年だったが
そんな時代の冬でも革とは言えないような合皮のジャンパーを着て派手な色のマフラーを巻いて
染粉で染めた軍手やマスクに女性物のビーズの付いたサンダルを履いてバイクに乗っていた 笑!
今考えたらよくそんな恰好で真冬にバイクに乗っていた物だ 笑!
現代では各学校も冷暖房完備というのも驚くような事もないのだろうが
昭和40年代のあの時代は教室で暖を取るのも石油ストーブだった
しかもそのストーブは往々にして先生の机と教壇の間に置かれていたので
席が教室の後ろの方だとさほど暖かさなんて感じなかった
だから僕は小中学生の頃はベンジンを使用する懐炉(カイロ)を携帯したものだ
現代では当たり前のような鉄粉の使い捨てカイロなんてもっと先の話だ
更にはストーブの灯油が切れそうになると不完全燃焼になって嫌な臭いがしたものだ
ま、その臭いもマッハの排気臭と同じで僕には昭和の香りに思えるのだが 笑!
これが使用出来るか試しに火を点けられたパーラーのストーブだ
さすがに貴族の国、英国製だけあって品がある 笑!
灯油を入れて芯を出して火を点ける
長男はこの時生まれて初めてストーブに火を点けたらしいが
点灯はチャッカマン?で行ったようだ
おいおい!ここまで拘るのならストーブの着火はマッチだぞ!
あのマッチの硫黄が燃える匂いも昭和なのだ
昭和のあの時代はパイプのマッチが定番でしたな~ 笑!
と、いう事なんですがこれから寒くなるとパーラーも活躍するでしょう
でも気を付けなければならないのは消し忘れの火事や一酸化中毒
更にはガレージにはガス系のケミカルが山ほどある
引火爆発にも気を付けないといけませんよね! ジャンジャン!!